こんにちわ、ジーニアスウェブの横山です。
ついに、本日新元号が発表されましたね。
新元号「令和」には、以下のような意味が込められているそうです。
安倍首相のコメントです。
「悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく。厳しい寒さの後に春の訪れをつげ、見事に咲き誇る梅の花のように一人一人の日本人があすへの希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたいとの願いを込め、『令和』に決定した」
なんだか荘厳なことです。
新元号は、個人的にはけっこういいなぁと思いました。
呼び方も漢字もカッコいいし、ダサくなくてよかったです。
いろいろ言われている日本ですが、
あすへの希望とともに花を咲かせていきたいものですね。
とまぁ、無理矢理冒頭に新年号を入れてアクセスを稼げないかという無謀且つセコさ満開なこの記事、
さて、話は本題になりますが、いま日本は「ストレス社会」と言われています。
「今はストレス社会だからねー」
という会話をけっこういろんなところで聞きます。
このストレス社会とは、一体誰が何のために言い出したのか。
私はこのストレス社会というのがあまり好きではありません。
確かに、情報過多、インターネット、スマホ、SNSなどもあり、
ストレスを感じるシーンが増えた部分もあるでしょう。
しかし、それをストレス社会といって、ストレスがたくさんある悪い状態だというイメージをつけることに一体何の意味があるのかわかりません。
では、昔の人はストレスのない社会だったのか?
そんなことはないはず。
ストレス社会の悪いのは、マイナスイメージが強すぎることです。
また、ストレスという事自体をさも悪い事のように言っているようにも見えます。
私は、ストレスには、マイナスな部分がある一方で、
同じくらいプラスの部分もあると認識しています。
私は、ストレスを感じてるなーっと自分で思ったときは、
こうマインドセットします。
「あ、いま自分はストレス感じてるなー、てことは成長してる最中じゃん、キタキタ、ストレスひゃっほー!」
一見やばいやつに見えるかもしれません笑
でも、まぁ私はこれでいいと思っています。
私の認識はこうです。
ストレス=養分
なぜ、そうしているのか?
例えば、仕事などで、大きくストレスがかかっているとき、
それは、まだ経験のない、新しい困難に立ち向かっているときでしょう。
このときに、ストレスを有害なものととして、捉えるか、
ストレスを受け入れてチャレンジをするか、で大きくその結果が分かれます。
受け入れて乗り越えた先には、達成感に加え、経験値という新たな武器を手に入れることができます。
すなわち、ストレスは成長している最中であるとも言えるのではないでしょうか。
逆にストレスのまったくない環境に居続けて、得るものはあるだろうか?
そう考えると、ストレスはあながち悪いものではありません。
むしろ、ストレス社会なのであるのならば、
ストレスをときには歓迎し、うまく利用するスキルを身につけるべきだと私は思います。
ストレス社会→ストレスひゃっほー社会に言い換えてみてはどうだろうか?
最後に、
ロチェスター大学の心理学教授 ジェレミー・ジェイミソンはこう言った。
「わたしたちは、ストレスは害になるという情報に翻弄されているんです」